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ナサケモノの日記

Twitter: @nasakemono2016

競争において負ける確率を極限まで上げる方法

ビジネス

私は週末、女性との出会いを求めて街に繰り出すことが多い。

相席屋に行ったり、ストリートナンパをしたりと様々な出会いの場を利用している。

が、しかしまだ一度も成功(セックスをするところ)まで至ったことがない。僕は面白い話ができるわけではないし、イケメンでも金持ちでもないいわゆる売れ残りだ。しかし僕の敗因は僕のスペックが低いからではないと思っている。どんなにスペックが引くくても成功している人はどの業界にもいる。では何故僕が負けるのかというと僕は競争において負ける確率を極限まで上げる手段を選んでしまっているからである。

負ける確率を極限まで上げる方法は卑屈になることと自分を大切にしすぎることだと思う。

スポーツ選手にも上手くいっているビジネスマンにも卑屈な人間は基本的にいないと思っている。自分の短所を客観的に分析し、適切な解決策を導き出すという事は誰もがやっていることだが、自分は○○だから出来ないという理由探しをしている人が成功する可能性はゼロに近い。私の場合「俺コミュ力低いし、面白くないし」だとか「女性と話すのが苦手」だとか「イケメンじゃないし」という卑屈な考えで幾度となく女性の対象外ボックスに入れられてきた。卑屈になると何が危険かというと思考がそこで止まってしまうのだ。どうやったらコミュ力が上がるのか、どうしたら女性を楽しませられるのか、どうしたら女性から魅力的に映るのかという次の思考へのジャンプを怠った結果が「卑屈」であるということが分かった。卑屈になっている暇があったら改善策を探せということだ。

自分を大事にしすぎるというのもかなりよくない。自分を大事にしすぎると基本的に人間は安全圏内での行動に出てしまう。そこそこ働いていれば生きていける給料がもらえる大企業サラリーマンなんかはまさにこの典型だと思う。安定を愛し、資本主義における勝者を目指さず、敗者のままでも満足しているのであればこの生き方で全く問題はない。資本主義というのは基本的にトップ数%に富が集約していくという強者が市場のほとんどのパイを持っていくゲームである。上位数%とその下にはかなり大きなギャップが生まれてしまうという構造になるものである。恋愛市場においてもビジネスの世界においてもスポーツの世界においてもブログの世界においても全てこの構造は顕著だ。安全圏の外に出ない限り、僕らはその数%の旨みを享受することはできない。

以上競争において負ける確率を極限まで上げる方法について考察してきた。しかし私は必ずしも敗者になることが悪いことだとも思っていない。幸せの形は人それぞれである。上を目指せば傷つく可能性もあるし、どん底に引き落とされる可能性もある。トップ数%を狙ってもがき続けるのは大変なことだろうし、安全圏に留まるという選択をしている多くのサラリーマンは賢いのかもしれない。しかし一度きりの人生、他人と違うような生き方をしたいと思うのなら、安全圏を抜け出し、死ぬほど努力をするしかないのは確かである。